『セグメント距離モデル』序章公開にあたって
こんにちは。
今回は少し普段と違う内容の記事になります。
現在私は、これまでの臨床経験や考察を整理し、「セグメント距離モデル」という考え方について書籍としてまとめる作業を進めています。
セグメント距離モデルとは、人体を「関節角度」や「筋肉の硬さ」だけで捉えるのではなく、身体を構成する各セグメント(骨盤・胸郭・頭部など)の位置関係や距離の変化から観察しようとする試みです。
もちろん、まだ発展途上の考え方です。
完成された理論というよりも、日々の臨床で生じる疑問に対して推論を積み重ねながら少しずつ形になってきた観察モデルと言った方が正確かもしれません。
私はこれまで多くの症例を経験する中で、一つの疑問を持ち続けてきました。
同じ診断名であっても改善する人と改善しない人がいる。
同じような姿勢に見えても症状が全く異なる人がいる。
筋肉や関節だけでは説明しきれない変化が存在する。
そうした現象を前にして、既存の分類や理論だけでは十分に整理できない部分があるように感じていました。
その結果として辿り着いたのが、「身体各部の距離関係に着目してみてはどうか」という発想です。
今回掲載する文章は、その書籍の序章にあたる部分です。
一般的な意味での「治療技術」や「手技の解説」ではありません。
むしろ、
なぜ新しい観察軸が必要なのか。
なぜ私はセグメント間距離という考え方に至ったのか。
そうした背景をまとめた内容になります。
臨床家の方はもちろん、身体のことに興味のある方にも何かしら考えるきっかけになれば幸いです。
なお、本記事の内容は現時点での私自身の考察をまとめたものです。
今後の臨床や検証によって修正される部分もあると思います。
それも含めて、一つの仮説として読んでいただければと思います。
それでは以下より、書籍『セグメント距離モデル』序章を掲載します。
序章 私はなぜ「位置」ではなく「距離」を見るようになったのか
私は長年、姿勢と症状の関係を考え続けてきた。
腰痛、肩こり、頚部痛、股関節痛、足部痛。
様々な症状に対して施術を行う中で、一つの確信があった。
それは、
「人体は単純な局所の異常によって症状が発生しているわけではない」
ということだった。
例えば頚部痛だから頚部だけを治療する。
腰痛だから腰だけを治療する。
そうした局所的な介入だけでは説明できない症例を私は数多く経験してきた。
そこで私は人体をセグメント同士の位置関係として捉えるようになった。
骨盤に対して胸郭はどこに位置しているのか。
胸郭に対して頭部はどこに位置しているのか。
肩甲帯はどこに配置されているのか。
こうした位置関係を観察することで、多くの慢性症状は説明可能になると考えていた。
実際、この考え方は多くの症例で有効だった。
しかし、ある時から私は違和感を抱くようになった。
きっかけの一つは、ある側弯症の動画だった。
ティーンエイジャーのS字状の特発性側弯症に対する施術で、施術後に脊柱の側弯は左右で反転するという変化を見せていた。
しかし反転こそしたものの、側弯そのものは改善していなかった。
その動画のコメント欄に、
「左右だけでなく前後バランスを見た方が良いのではないか」
という意見が書かれていた。
私はその言葉に引っかかった。
当時の私は左右の問題を中心に考えていたが、確かに人体は前後方向にも配置されている。
骨盤と胸郭の前後関係。
胸郭と頭部の前後関係。
側弯症も左右だけではなく、前後方向の問題を含めて考える必要があるのではないか。
そう考えるようになった。
私はそれまで構築してきた思考を拡張し、左右だけでなく前後関係も含めて説明できないかを模索し始めた。
その後、前後バランスも含めた推論をもって治療にあたるようになり、治療成績は向上していった。
しかし、徐々にまた別の疑問が私の中に生まれ始めていた。
それは頚椎に関する問題だった。
私は多くの患者に対して、
股関節伸展の回復を促し、
肩甲帯の位置を修正し、
胸椎の伸展を誘導し、
必要に応じて背臥位でブロックを使用しながら頭部の後方化を行っていた。
こうした介入によって姿勢は変化する。
症状も改善することが少なくなかった。
しかし、どうしても納得できない現象があった。
牽引すれば頚椎は素直に伸びる。
非荷重環境では頭部の位置も改善する。
ところが立ち上がり、再び荷重がかかると頚椎は潰れてしまう。
私は既存の頚部エクササイズも試した。
頭部を後ろに引く運動。
顎を引かせ、深層頚屈筋を意識する運動。
いわゆる頭部前方位の改善を目的としたトレーニングである。
しかし臨床現場において、その場で明確な変化を示すことは少なかった。
もちろん、習慣化すれば改善する可能性はある。
だが私は一つの疑問を抱いていた。
本当に反復すれば改善するのだろうか。
それとも、そもそも私は患者に見当違いの課題を与えているのだろうか。
改善しない理由が患者の努力不足なのか、それとも私の仮説が間違っているのか。
その判断ができなかった。
——今まで我々は重大な勘違いをしていたのではないか。
私は長年、
頭部前方位に対して頭を後ろへ引く指導を行っていた。
それは現在でも広く行われている一般的な方法である。
実際、一見すると合理的にも見える。
頭が前に出ているのだから後ろへ戻せば良い。
位置の問題として考えれば自然な発想である。
しかし私は次第に、
頭を後ろへ引くという運動そのものを疑うようになった。
まず考えたのは骨性の問題だった。
上部胸椎の椎間関節面は水平面に対しておよそ60度の傾斜を持つ。
そして頭部前方位を呈する患者では、上部胸椎の屈曲角度が増大していることが少なくない。
その結果、椎間関節面はさらに水平方向へ近づく。
私はこの状態では、頭部を後方に引かせるにあたって関節面そのものが骨性の制約として働く可能性があると考えた。
次に考えたのは筋収縮の方向性である。
胸椎屈曲が増大した状態で頭を後ろへ引く。
この運動は本当に頚椎を伸ばしているのだろうか。
むしろ逆ではないだろうか。
私は次第に、
この運動は脊柱を伸ばす学習ではなく、
脊柱を圧縮する方向への学習になっている可能性があると考えるようになった。
【胸椎屈曲位で頭部を後方へ引く自動運動とは、脊柱に対する軸圧方向の収縮を学習させている可能性がある】
位置関係だけを見れば、
頭部を後ろへ引くことは正しい修正に見える。
しかし運動学習という観点から見た時、
我々は患者に全く逆方向の課題を与えていたのではないだろうか。
ここで私は行き詰まった。
もし頭を後ろへ引くことが適切でないなら、
患者は何を学習するべきなのだろうか。
脊柱を潰さずに頭部を起こすにはどうすれば良いのだろうか。
その時初めて、
私は頭頂方向への出力という考え方に辿り着いた。
頭部を後ろへ移動させるのではない。
頭頂部を上方へ伸ばすのである。
すると興味深いことが見えてきた。
頭部の位置を修正しようとする時には見えなかった変化が現れ始めたのである。
私は長らく位置を見ていた。
しかし本当に重要なのは位置ではなく、出力方向だったのかもしれない。
人体は特定の位置を維持しようとしているのではない。
重力下で上下方向への空間を確保しようとしているのではないか。
今振り返ると不思議なことである。
治療家は頚椎の牽引という操作を日常的に行う。
しかし牽引によって得ようとしている方向への自動運動を患者に学習させるという発想は、少なくとも私の知る限りほとんど語られていなかった。
さらに考察を進めるうちに、私はもう一段階の転換を経験する。
頭頂部を上方へ伸ばすとは何だろうか。
それは頭部と胸郭の間隔を保つことではないか。
胸郭と骨盤の間隔を保つことではないか。
肩甲帯と胸郭の関係も同様ではないか。
もしそうだとすれば、
私が見ていた前後位置も、
左右位置も、
本質ではない可能性がある。
それらは結果として現れている現象に過ぎず、
本当に観察すべきなのはセグメント同士の距離なのではないか。
その考えに至った時、
これまで別々に見えていた多くの現象が一つの枠組みで説明できる可能性が見え始めた。
本書で述べるセグメント距離モデルは、ある日突然思いついた理論ではない。
劇的な症例から生まれたものでもない。
むしろ逆である。
説明できない現象。
改善するのに理解できない症例。
既存の考え方では納得できない違和感。
それらを積み重ねた先に生まれた、一つの推論モデルである。
本書は「正しい理論」を提示することを目的としていない。
人体をどのように観察し、
どのように仮説を立て、
どのように修正していくのか。
そのための一つの思考の枠組みとして、セグメント距離モデルを提示したいと思う。




