続報 改善し始めた「機能」と残存する「疼痛」から次の仮説を立てる
以前ご紹介した、何十年も右膝周囲痛に悩まされている80代女性の症例について、その後の経過をご報告します。
今回の症例で興味深かったのは、単純に「痛みが残っている」という事実ではなく、
運動器としての機能は改善しているにもかかわらず、疼痛だけが取り残されているように見えたことでした。
機能改善は確実に起きていた
これまでの介入では、
- 右股関節伸展可動域の改善
- 右膝屈曲拘縮の改善
- 歩行のしやすさの改善
は毎回確認できていました。
実際、ご本人も施術直後は
「歩くのがかなり楽になった」
と話されます。
しかし、その状態は帰宅後しばらくすると元へ戻ってしまうことを繰り返していました。
つまり、
運動器としての機能改善そのものは起きていると考えられます。
一方で、主訴である右中間広筋内側下部の疼痛は頑固に残存していました。
「機能」だけを追い続けても進展しない段階
この時点で考えたのは、
もし疼痛の主因が純粋に運動器の問題だけであれば、
機能改善に伴って疼痛も比例して改善していくはずだということです。
もちろん、
- 股関節伸展
- 膝伸展
- 歩行
いずれもまだ十分とは言えません。
しかし、
毎回歩行が改善しているにもかかわらず疼痛だけが残るのであれば、
現在は別の維持因子も同時に考える必要があります。
そこで今回着目したのが、
循環不全による疼痛閾値の低下です。
浮腫という観察所見から立てた仮説
この患者さんは下肢全体の浮腫が強く認められます。
さらに、ご本人から以前、
仙骨部へのブロック注射後に一度だけ下肢浮腫が改善した経験があることを伺いました。
今回は同様のブロック注射を受けても疼痛改善は認められませんでしたが、
少なくとも浮腫と症状が何らかの形で関係している可能性は考える価値があります。
そこで今回は、
「局所の筋緊張を緩めるための鍼」
ではなく、
全身の循環改善と疼痛閾値の改善を目的とした鍼灸治療
という位置付けで介入を行いました。
私の仮説は、
浮腫や循環不全によって組織環境が悪化し、
侵害受容器が刺激されやすい状態となり、
結果として疼痛閾値が低下している可能性です。
つまり、
運動器としては改善していても、
組織環境が変わらなければ疼痛だけが残存し続けるという考え方です。
もちろん現段階では仮説に過ぎません。
しかし、
「何を改善したいのか」
を明確にして介入することは臨床推論において重要だと考えています。
足関節への介入が予想以上の変化を生んだ
今回は足関節の可動域改善にも重点を置きました。
施術中には、
これまでほとんど滑走していなかったと思われる腓腹筋が徐々に動き始める感触がありました。
さらに、
- 足関節ROM改善
- 足部第一列のロッキング解除
を行った結果、
仰臥位で左右の膝の高さの差はほぼ消失するところまで改善しました。
改めて感じたのは、
膝を改善するためには膝だけを見ていては不十分である
ということです。
足部・足関節の自由度が改善することで、
下腿後面から膝にかけての張力分布が変化し、
結果として膝伸展も改善した可能性があります。
杖も「運動学習の環境」と考える
歩行についても新たな観察がありました。
この患者さんは長年右手で四点杖を使用しています。
以前から私は、
右手での杖使用が現在の歩行戦略を固定している可能性を考えていました。
そこで左手使用を提案したところ、
今回も前回同様、
ほとんど杖へ荷重することなく歩いて帰宅されました。
このことから、
少なくともこの患者さんでは、
杖は身体を支えるためというより、
第三の接地点が存在するという安心感
として利用されている可能性があります。
娘さんのお話では、
歩行時だけではなく座位でも体幹は右回旋・右側屈の姿勢を取っているとのことでした。
つまり、
歩行だけではなく日常生活全体で同じ姿勢戦略が繰り返されている可能性があります。
もちろん、
「右手杖が原因」と断定することはできません。
しかし、
- 左手使用で杖への依存が著しく減ること
- この変化が複数回再現されたこと
を考えると、
少なくとも現在の姿勢戦略を維持する一因となっている可能性は十分考えられます。
今回最も大きかった変化
今回、ご本人から
「前回は以前より戻りがかなり遅かった」
というお話がありました。
症状が消失したわけではありません。
しかし、
改善の持続時間が延びたという事実は、
前回の介入が何らかの維持因子に作用した可能性を示しています。
臨床推論において重要なのは、
仮説が正しかったと結論づけることではありません。
仮説によって予測された変化が実際に起きたかどうかを観察し、その結果に応じて次の仮説を組み立てることです。
今回の症例では、
運動器への介入だけでなく、
循環や疼痛閾値という視点を加えたことで、
改善の持続時間という新たな変化を観察することができました。
今後も経過を追いながら、
構造、運動機能、循環、疼痛学習がどのように相互作用しているのかを一つひとつ検証していきたいと思います。




