筋肉は縮むのに、なぜ身体は伸びるのか ――テンセグリティから「セグメント距離モデル」へ
人体の運動について考えていると、一見すると奇妙な現象にぶつかります。
筋肉は基本的に「縮む」ことでしか力を発揮できない。それなのに、人間は自らの身体を上方へ伸ばすことができる。
立位で胸郭を上方へ持ち上げることもできれば、頭部をより高い位置へ運ぶこともできます。片脚立位で身体全体を長く使うことも、頭上へ手を伸ばして到達距離を増大させることもできます。
では、縮むことしかできない筋肉によって、なぜ身体全体としては「伸びる」という現象が起こるのでしょうか。
この問いが、私が現在考えている「セグメント距離モデル」にとって非常に重要な意味を持つようになってきました。
私自身はテンセグリティから出発した
私は10年以上前からテンセグリティという概念に触れ、その考え方とかなり親和的な形で治療を行ってきました。
テンセグリティを非常に単純化して表現すれば、人体を、
- 骨格などの圧縮に抵抗する要素
- 筋・腱・靱帯・筋膜などの張力を担う要素
によって構成された構造として捉える考え方です。
イメージとしては「テント」が分かりやすいかもしれません。
テントは柱だけでは安定しません。周囲からロープで適切な張力を加えることで、柱の位置が決まり、構造全体が安定します。
人体についても、骨を単純に積み木のように積み上げた構造として考えるのではなく、周囲の軟部組織が生み出す張力との関係によって全体の形態が成立していると考える。
この発想は、実際の人体を考える上で非常に有用でした。
ところが臨床を続けるうちに、それだけでは説明しきれない現象を観察するようになりました。
「安定させる」だけでは改善しない身体がある
テンセグリティという枠組みで考えるなら、重要なのは張力のバランスによって構造を安定させることです。
しかし実際の治療では、単に構造を安定させるだけでは症状が変化せず、身体のある分節と分節の間の距離を増大させたときに初めて明確な改善が起こるケースを経験するようになりました。
たとえば、
骨盤と胸郭
あるいは、
胸郭と頭部
の距離です。
これらが近づいた状態でも、その位置関係に適応した張力バランスを形成することは可能です。
つまり身体は、「短くなった状態のまま安定する」ことができます。
ここから一つの重要な区別が生まれます。
構造的に安定していることと、機能的に望ましい分節配置にあることは同じではない。
テンセグリティによって説明できる「安定性」とは別に、人体には何らかの理由で分節間距離を確保する能力そのものが必要なのではないか。
ここから私自身の人体に対する見方が大きく変わりました。
筋肉は身体を「押し伸ばす」ことができない
ここで問題になるのが筋収縮です。
筋肉は能動的に長くなって何かを押すわけではありません。
基本的には張力を発生させ、起始と停止を近づける方向へ作用します。
それにもかかわらず、人体全体では、
足部 → 下腿 → 大腿 → 骨盤 → 胸郭 → 頭部
という各分節を上方へ展開していくことができます。
この一見した矛盾は、
「筋収縮そのもの」と「筋収縮によって生じる身体全体の現象」を分けて考える
ことで整理できます。
筋肉そのものが身体を上方へ押し伸ばしているわけではありません。
筋収縮によって関節の自由度を制御し、各分節の位置関係を拘束していると考えます。
そして人体にはもう一つ重要なものがあります。
支持面です。
立位なら地面があります。
足部が地面を押せば、その反作用として地面から身体へ力が返ってきます。
重要なのは、その力を身体がどのように受け取るかです。
筋収縮によって「力の通り道」を作る
仮に足部から上向きの反力を受けても、膝、股関節、骨盤、脊柱などが自由に横へ逃げてしまえば、その力は身体長軸方向へ十分に伝わりません。
身体は途中で折れたり、潰れたりします。
反対に筋収縮によって各関節の自由度が適切に制御されていれば、支持面から受けた反力を次の分節へ伝えていくことができます。
つまり、
筋収縮
↓
関節自由度の制御
↓
分節位置の拘束
↓
張力経路の形成
↓
支持反力の身体長軸方向への伝達
↓
分節間距離の維持・増大
という現象を想定できます。
ここでは局所的には筋肉は縮んでいます。
ところが身体全体を見ると、骨盤と胸郭が離れ、胸郭と頭部が離れ、結果として身体長が増大することができます。
したがって、一見矛盾する現象を非常に単純に表現するなら、
筋は縮む。しかし、筋が作った張力によって身体は伸びる。
ということになります。
より厳密には、筋肉そのものが身体を伸ばしているわけではありません。
筋収縮によって身体が潰れないように自由度を制御し、その構造へ支持面からの反力が入力されることで、結果として分節間距離が増大する。
私は現在、この現象を「上方出力」として捉えています。
「上方出力」は新しい力ではない
ここは誤解を避けるためにも重要です。
私がいう上方出力とは、人体に未知の特殊な力が存在するという意味ではありません。
必要なのは、
- 筋張力
- 関節運動
- 地面反力
- 重力
- 分節間の力学的相互作用
といった既知の要素だけです。
違うのは何を観察対象にするかです。
従来であれば、「この筋がどれだけ収縮したか」「この関節が何度動いたか」「重心がどこにあるか」といった変数を見ることが多いでしょう。
セグメント距離モデルでは、それらの結果として、
荷重下で分節と分節の距離をどれだけ能動的に維持・増大できるのか
を観察します。
したがって上方出力を現時点で定義するなら、
筋収縮によって各関節の自由度を制御し、支持面から得られる反力を身体長軸方向へ連続的に伝達することで、各分節間距離を能動的に維持・増大する能力
となります。
テンセグリティとの違い
この考え方はテンセグリティと対立するものではありません。
むしろ私自身はテンセグリティ的な身体観から出発しています。
ただ、臨床を通じて問いが変わりました。
テンセグリティ的な問いを、
「張力によって、人体はいかに構造を安定させているのか?」
とするなら、セグメント距離モデルで問いたいのは、
「その張力構造を使って、人体はいかに必要な分節間距離を能動的に生成・維持しているのか?」
です。
「安定」から「距離の生成」へ。
ここが私自身にとって大きなパラダイムの転換でした。
人体は単に崩れないように張力を調節しているだけではないのではないか。
張力によって分節を拘束しながら、外力を利用して自らの身体を長くする能力を持っているのではないか。
そう考えるようになったのです。
テントよりも「帆船」に近いのかもしれない
この違いをイメージするなら、単純なテントよりも帆船のリギングの方が近いかもしれません。
帆船のロープも、自ら何かを押すことはできません。
引っ張ることしかできません。
しかし複数のロープの張力を調節することで、マストやブームといった剛体の位置関係を制御することができます。
人体でも同様に、筋肉は引くことしかできません。
それでも、
どこを拘束するのか。
どこを自由にするのか。
どの方向から反力を受けるのか。
この組み合わせによって、骨格同士を結果的に離すことができます。
つまり人体は、
収縮しかできない筋によって、伸長する身体を作っている
と考えることができます。
「良い姿勢」の定義も変わる
ここまで考えると、姿勢そのものに対する見方も変わります。
一般的な姿勢評価では、
「骨盤はこの角度」
「胸郭はこの位置」
「頭部はこの位置」
というように、身体の形態を評価することが多くあります。
しかし、ある瞬間の形態だけを評価することには限界があります。
猫背になっていること自体が問題なのではなく、
そこから必要に応じて分節間距離を増大させられるか
の方が重要なのかもしれません。
短くなることもできる。
長くなることもできる。
そして運動目的に応じて、その間を自由に移動できる。
それなら猫背も一つの運動戦略です。
反対に、一見すると「良い姿勢」に見えていても、外部から形を整えただけで、本人が自ら分節間距離を生成する能力を持っていなければ、機能的には別の問題を抱えている可能性があります。
したがって評価対象は、
「どのような形をしているか」
から、
「必要な身体長を自ら生成できるか」
へ移ります。
筋力ではなく「力を身体長へ変換する能力」
この考え方をさらに進めると、上方出力は単純な筋力とも区別する必要があります。
強い筋力があっても、関節が横方向や回旋方向へ逃げれば、支持反力を身体長軸方向へ効率よく伝えることはできません。
逆に、それほど大きな筋力を使わなくても、各分節の位置関係と拘束方向が適切なら、比較的小さな筋活動によって身体長を維持できる可能性があります。
すると評価したい能力は、
「どれだけ大きな力を出せるか」
だけではありません。
「発生した力を、どれだけ分節間距離へ変換できるか」
という能力になります。
これは従来のMMTのような筋力評価とは異なる観点です。
たとえば一定の荷重条件で、
- 骨盤―胸郭距離をどこまで増大できるか
- 胸郭―頭部距離をどこまで維持できるか
- 荷重を増加させたとき、どの地点から距離が失われるか
- 左右で最大分節距離に差があるか
- 介入前後で最大距離が変化するか
- 距離変化と症状変化が対応するか
といった形で評価できる可能性があります。
ここまで来れば、「姿勢が良くなった」という曖昧な表現から離れることができます。
セグメント距離モデルは何を見ようとしているのか
テンセグリティという身体観は、私にとって非常に重要な出発点でした。
しかし臨床では、構造を安定させるだけでは改善せず、分節間距離を増大させることで初めて変化する身体を観察しました。
そこから現在は、人体を単なる安定構造としてではなく、
張力と外力を利用しながら、自らの分節間距離を能動的に変化させる多分節系
として見るようになっています。
この仮説が正しいかどうかは、今後検証しなければなりません。
「距離を増やしたから症状が改善したように見えた」という臨床経験だけでは、因果関係は証明できません。
だからこそ、分節間距離という変数を測定可能な形へ落とし込み、
距離が変化したのか。
その変化は再現するのか。
症状や運動能力の変化と対応するのか。
距離を変化させても改善しない反証例は存在するのか。
を蓄積していく必要があります。
ただ少なくとも、私自身の身体観は大きく変わりました。
「人体はいかに張力によって形を保つのか」から、「人体はいかに張力を使って自らを長くするのか」へ。
セグメント距離モデルは、そこから始まった仮説です。





